CNNを用いたチョウの翅の表裏比較

論文 “ Dorsoventral comparison of intraspecific variation in the butterfly wing pattern using a convolutional neural network” が Biology Letters 誌に掲載されました. 以下, 解説です.

チョウの模様が, 翅の表と裏で違っているのをご存知でしょうか. 都心の道端でも簡単に出会える小さな蝶「ヤマトシジミ」を見たことがある方は多いかもしれません(図1). この蝶では表側(翅を開いた時に見える方)は水色である一方(図1左), 裏側(翅を閉じた時に見える方)はグレーの下地に黒い斑点が散りばめられた模様をしています(図1右). また, 翅の裏面が枯れた木の葉にそっくり(図2右)なことで有名な「コノハチョウ」ですが, 翅を開くと鮮やかなブルーに橙のラインが映える鮮やかな色彩に目を奪われます(図2左).

 表と裏とで模様が違っている理由の一つとして, 「翅の表と裏では, はたらきが異なるから」という説明が有力です. たとえば, いくつかの種類でオスが翅の表をメスに誇示する求愛行動が知られていますが, このような場合は表の模様がメスへの求愛において重要になってくるでしょう. また, 裏面が枯葉に似た地味な模様になっている種では, 翅を閉じている時に襲ってくる捕食者に対しての隠蔽的な機能をもつとも考えられます.

 これらはあくまでも仮説ですが, 実際に検証するにはどうすれば良いでしょうか? やり方の一つに, 表と裏での模様を比較してみるという手があります. 翅に色んな数や大きさの目玉模様をもつジャノメチョウの仲間(図3)を用いた研究では, 色々な種類のジャノメチョウの目玉模様の個数と, それらの種類が進化してきた順番を比べることで, 過去に目玉模様の出現・消失が何回起こったかを表と裏で比較しています. その結果, オスの翅の表で最も目玉模様の進化のスピードが早く, 翅の表が(おそらくはオスの繁殖成功という点で)重要な機能をもっている可能性が考察されています.

 しかし, 翅の表と裏とで模様を比較するのは, 様々な模様をもつ色々なチョウでおこなおうとすると簡単ではなくなります. たとえば, 上に挙げた目玉模様の例では, 同じように目玉模様を持っているチョウ同士でしか表裏での違いを比較し合えず, 目玉模様を持たないグループ(例えばアゲハチョウ)も含まれている状況では意味をなしません. 一方, 目玉模様のような特徴的な模様ではなく, 「翅の地色のみ」といった簡単な指標で表裏を比べてみるという手もありますが, 例えば表は単色で裏には縞模様や目玉模様が存在する, といった場合に翅の地色だけ比べてしまっては重要な情報を見落としてしまっているといわざるを得ません. つまり, 「特定の模様」や「色のみ」に注目するというように注目すべき特徴を限定してしまうと, 解析の精度が十分でなくなったり様々な種類のチョウに拡張できなくなってしまうのです.

 私はこの課題をクリアするために, この10年間で飛躍的な進歩を続けている画像認識AIの一つ「CNN」(畳み込みニューラルネットワーク; Convolutional Neural Networkの略です)を用いた深層学習に注目しました ( 図4). CNNが得意としているのは, 画像を入力した時にそれが何の画像なのかを判断するという「画像分類」や, 何がどこに映り込んでいるのかを教えてくれる「物体検出」です. 身近な例を挙げるとするならば, 最近の自動車には前の車や歩行者, 白線などを自動で認識して運転のアシストをしてくれる機能があったり, SNSアプリでは人物や食べ物など写っているものを自動で認識してタグ付けしてくれたりしますが, これらはまさに画像を入力としてその中に写り込む物体のカテゴリーを出力できるように学習されたCNNが可能にしているといえるでしょう. そして, 蝶の斑紋解析をする上でも, CNNの「画像を入力するだけで機械が(自動で特徴の抽出をおこない)有用な情報を出力する」という性質は強みであると考えられました. すなわち, チョウの翅の表と裏というときに大きく異なる模様同士で性質の比較をする場合に, CNNを使えば「特定の模様」や「色のみ」という偏った特徴に限ることなく, 画像内からAIが抽出しうるあらゆる特徴に注目して解析が可能になるため, 色々な種類の蝶で表と裏の比較ができると期待できます.

 具体的には, まずそもそもCNNが蝶の翅模様をきちんと認識できるかどうかの検証をおこないました. 蝶の図鑑には, オスとメスの識別の難易度がどの種についても記述されているものがあるため, これに着目すればCNNで雌雄の類似度がちゃんと計測されているかどうかを確かめることができます. 実際, 図鑑に記載された識別の難易度(1-4にランク付けしました)と, CNNで計算した雌雄の類似度は相関していることが分かりました (図5).

 次に, 表と裏における翅の模様の役割の違いを調べるため, 29種類の蝶を使ってオスとメスの模様の違いを表と裏とで比較しました. その結果, オスとメスの違いは表でより大きく, やはり求愛によく使われる翅の表側がオスとメスのコミュニケーションに関与している可能性が高いと考えられました (図6左). このことは, これまで1つの種類や広くても1つの属の中でしか検証されていませんでしたが, この研究では科の異なる20属にまたがって同様の傾向が観察できたため, CNNの高い拡張性が活きたと言えます. (生物の種類は, 科 > 属 > 種の順に細かく分けられていきます.)

 オスとメスの違いに加えてもう一つ, 同じ種類のメスの中に2タイプの異なる見た目の個体が存在し, そして片方は別の毒をもっているチョウの見た目に似る(= 擬態をする)という「メス限定擬態多型」にも注目しました. この現象は, (毒をもつ不味い蝶を避けるような)捕食者の存在によって進化したと考えられることから, メス限定擬態多型の度合いが表と裏どちらで強いかを調べることで, 捕食者による影響が翅の表と裏どちらにおいてより強いかの手がかりを得ることができます. その結果, 擬態多型の度合いは表と裏で特に違いが見られなかった(図6右)ことから, 翅の表と裏どちらか一方に捕食者の影響があるわけではないという可能性が考えられました. 「チョウは飛んでいる時に鳥に襲われることがあるため, 上から現れる捕食者に晒されている表の模様が特に擬態をする時に重要だ」という仮説があるのですが, そういうわけでもないのかもしれません. 例えば, 飛んでいる時だけでなく, 翅を閉じて休んでいる時に捕食者(毒をもつ不味いチョウを学習済み)から受ける襲撃も, やはり蝶の生存にそれなりの影響を与えている可能性があります.

 このように, CNNを使うことで, これまで限られた蝶でしか調べることができなかった仮説をより幅広い種類で確かめることができたり, これまで唱えられていた仮説が成り立たない可能性に気付くことが出来るようになると言えるでしょう. CNNという画像認識AIが, 身の回りの機械に便利な機能をもたらすだけでなく, 身近な蝶にまつわる現象の解明にも一役貢献しうるのです.