過去の闘争経験が
次の闘争の勝敗に及ぼす影響

論文 “ Effects of a past contest on the future winning probability in a hyper-aggressive fruit fly” が Ethology 誌に掲載されました。以下、解説です。


喧嘩の勝敗を決める要因は何でしょうか?例えば人間のボクシングでは体重に応じて階級が定められているように、体格は特に重要であると言えます。一方、リーグ戦で負けが続くとその次もまた負けそうな悪いムードが漂ったりするなど、過去の経験もそれなりに重要であるという感覚は多くの人が共有しているはずです。動物でも同じような現象が知られており、体サイズなど元の戦力には違いがなくても過去に勝った個体は次も勝ちやすく、過去に負けた個体は次も負けやすいという「勝者効果/敗者効果」が色々な生き物で見つかってきました。

しかし、過去の勝ち負けのみが経験として重要かと言えば、またそういうわけでもなく、闘争が怪我や疲労を伴うような激しいものであった場合には過去の勝者も次は負けやすくなることが知られています。こちらのパターンもごく自然なように見受けられますが、典型的な勝者/敗者効果に比べると報告が少なくあまり認知されていませんでした。


私の研究室が注目しているテナガショウジョウバエ(以下テナガ)は、 近縁なキイロショウジョウバエなどに比べてはるかに好戦的で、 その激しい闘争ゆえに寿命が短くなったりすることが分かっています。キイロショウジョウバエでは典型的な勝者/敗者効果が報告されていますが、闘争の激しいテナガでは(勝者であっても負けやすくなるような)また別のパターンが見られるかもしれません。

そこでテナガのオスを用いて、一回目の闘争から2種類のインターバル(2時間/1日)を設けて再度別の個体と対戦させるという実験を行いました。すると、最初の闘争から2時間後に再度闘争させた場合は過去の勝者も敗者も勝率が3~4割程度と、5割(= 何のバイアスもなく勝敗が決まった場合の期待値)に満たないことが分かりました。1日経つと勝者・敗者共に勝率は5割に回復していたことから、闘争直後(少なくとも2時間後まで)は勝敗に係わらず負けやすくなっているものと推察されます。

さらに、この闘争直後の負けやすさが何によるものか調べるため、一回目の闘争での対戦相手のサイズを(栄養操作によって)小さくしたり大きくしたりして、接戦だけでなく圧勝や完敗などのケースを増やしてみました。すると、一回目の闘争時間が長い場合ほど過去の勝者であっても負けやすくなる傾向が見られ、闘争の激しさのせいで勝敗に依らず負けやすくなるという可能性が支持されました。


さて、ひとまずはテナガの特殊性とその原因が分かって”めでたしめでたし”。けれども不思議なのは、一度闘っただけでこうも弱くなってしまうテナガのオスたちにとって、縄張り争いが重要なのかという点です。私は 一つ前の論文で「テナガのオス同士の闘争には縄張りを守る機能があり、縄張りを所有する時間が長いほどメスへの求愛機会が増す」ということを報告しています。しかし、闘争の末ライバルを縄張りから追い払った直後に負けやすくなるようでは、次に現れた別のオスに縄張りを奪われてしまうことでしょう。一方、 先輩の研究に目を向けると、テナガのオスが活動するのは主に朝夕の時間帯であることが分かっています。縄張りを形成する時間が限られているのだとしたら、後先考えずに(?)めいいっぱい闘ってしまうのも手なのかも知れません。また、生息している密度が低ければ、ライバルがそう頻繁には訪れない可能性もあります。今後、野外での生息状況とテナガの特徴的な闘争行動の関連を調べていくことが期待されます。